« ★『蜘蛛女のキス』を振り返る。オギーの毒と罠。 | トップページ | ★ハロルド版『蜘蛛女のキス』が伝説な方に(笑)。 »

2007.11.15

★『蜘蛛女のキス』を振り返る。題名に偽りアリ(笑)の意味。

連日蜘蛛女中ですみません・・・。所詮はオギー信者な己。

何か何もかもに深読みを始めた結果、見てた時は「何??『蜘蛛女のキス』なのにキスしないのはスミレコードですか???」とか思ってたけど、それにも意味を求めたくなってくるのであった。

劇中実際にキスするのはモリーナと蜘蛛女ではなくモリーナとヴァレンティンだけであるという事は意味があるのでしょうか。
↑ハロルド版は「映画でだけ」の時に幕落ちる直前ではない時点でキスしてたような気がするんだけどどうだっけ?
うーんでも蜘蛛女は「エリザベート」のトートみたく「死の象徴なので彼がキスした瞬間に死が訪れる」訳ではないからここに拘る必要はないのか?

今回あまりにもヴァレンティンが分からなかったから、ここで彼がモリーナとキスする心情がいまいち分からないんだけど、それはとりあえず置いておいて、場面としてはこの瞬間にモリーナの運命が決した。という意味があるのかなあと思って。

オギー版は、ハロルド版のような、圧倒的な存在感で舞台全体の空気を動かす死の象徴としての蜘蛛女とは異なっていて、一人一人にふっと憑依してすっと出て行く、みたいな、誰かが死を思ったり死に近づいたり、何らかの強い感情を持った時にすっと具現化するようなイメージだった。←書いていて思ったけど、この印象は今年の宝塚雪組版水トートに近いのかも。水さんのトートは実体がない存在に見えたんだけど、コムちゃんの蜘蛛女もそんな感じがする。

だから、死のキスを与えるのは蜘蛛女本人(という言い方も変だけど)じゃなくても良くて、ヴァレンティンだったのかな~と。←これは場面の意味であってヴァレンティンの意志はまた別の話。


ちなみに超うろ覚えハロルド版のこの場面の印象は、ヴァレンティンからモリーナに向けての挨拶と励まし。
うろ覚えハロルド版のヴァレンティンはもっとずーっと単純な人で、だからモリーナを利用する事に対して躊躇しないというか、それに対する後ろめたさがあまり無かった気がする。彼にとってはモリーナはある意味恩人というか借りがある人で、でも出所するなら協力してくれ~と思い、それは何の矛盾も無く同居している感じ。「オマエは前を向いて堂々と生きていけ!&今までありがとう!&あとは任せたよろしく!」といった雰囲気だった気がするのだが。
しかし改めて10年前を思い起こすと、この時ヴァレンティンやった宮川浩さんはものすごいがんばってたんだな~と思う。麻実れいと市村正親に挟まれて霞まなかったのは偉い。

モリーナに対してどちらのヴァレンティンがより残酷なんだろうと思うと複雑だけど。


しかしどうでもいいけど、今回のヴァレンティンの対モリーナ戦略を見つつ、「こいつ、モテなさそう」とかつい思ったのだが(笑)、それは意図した演出なのかなあ。
宝塚歌劇団の演出家であるオギーだし、ヴァレンティンは一応?王子様役者浦井さんだし、何かもっとモリーナがうっかり本気でおとされそうな方向へ持っていけそうなのにあの場面ただひたすらヴァレンティンが怖いし。

ヴァレンティンはマルタマルタ言ってる割に、何か誰か(恋愛に限らず家族や友達も含めて)を愛した事も愛された事もなさそうに見える人で、愛される事も愛する事も知っているモリーナとの対比が印象に残っているんだけど。
ヴァレンティンは自分が他人から大切にされた時に最初に見せる反応が「動揺」で(「偶然同房の見ず知らずの人が看病してくれた」とか「自分のために死んでも口を割らない」とか)、それが哀しい。

|

« ★『蜘蛛女のキス』を振り返る。オギーの毒と罠。 | トップページ | ★ハロルド版『蜘蛛女のキス』が伝説な方に(笑)。 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/93575/17077258

この記事へのトラックバック一覧です: ★『蜘蛛女のキス』を振り返る。題名に偽りアリ(笑)の意味。:

« ★『蜘蛛女のキス』を振り返る。オギーの毒と罠。 | トップページ | ★ハロルド版『蜘蛛女のキス』が伝説な方に(笑)。 »