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2007.08.02

★劇団四季 ジーザス クライスト スーパースターを見る。

エルサレムバージョンの「ジーザス クライスト スーパースター」を見る。

今見てもなお斬新な舞台。

改めて私はこの作品がすきだ。と思った。
曲がいちいちどれも好きだ。と思った。
ユダのドロドロっぷりも好きだ。と思った(笑)。

ユダの衣装は何か面白いな~とか、ジーザスが突然「フォ~~~」等と高音で威嚇する(←違う)のを見ると「へんな人」とか思うんだけど、でも、それも含めてすごい好き。

前みたときは、ジーザスは超然としていて、普通の人であるユダが一人でぐるぐるドロドロなイメージがあったのだけど、今回見て、ジーザス自身の中でも色々な迷いがあるんだなと思った。

ジーザスにとっては、「分かりやすい利益」を求めて自分に群がる民衆たちに対して真意が浸透しない苛立ちや諦めやもどかしさがあるんだろうなとか。
見えすぎる人の圧倒的な孤独というものを思った。

私は普通の人なのでやっぱりユダに激しく感情移入する訳だけど、ジーザスみたいな人に出会っちゃったからもうしょうがないよ~どこまでもドロドロで行ってくれ。とか思ってみたり(笑)。
彼は普通の人で、ジーザスの事を自分が分かる範囲で一生懸命理解しようとしていて、でもやっぱり彼は圧倒的に自分と違う人で、彼が見えているものが自分には絶対に見えない。
ジーザスの事を愛しているのか憎んでいるのか最早自分でもなんだかよくわからなくなっちゃってる位の猛烈に強い感情に振り回される彼が猛烈切ない。

やっぱりこのミュージカルと、太宰の「駆け込み訴え」はジーザスとユダの関係がすごく似ていると思った。
・・・いやキリスト教に全く造詣が深くないので、もしかしたらユダとはそもそもそういう人物設定が基本なのかもしれないけど。

それから、あの!寺田CD(初演JCSのCD)を思い出し、初演が今こそ見てみたい。とも思った。
やっぱりユダのドロドロはあの位訳わかってない激情の奔流が必要かなと。

ユダに対して、ジーザスは彼が裏切る事を分かっていて、もう彼を見た瞬間許していて、でも、ユダが自分の事をどういう風にどの位愛しているかは多分分かってないんだろうなと思って、二人のどこまでもすれ違う感情が辛い。

そして二人の睨み合いが怖すぎて好き(笑)。
天才を前にした凡人のボロボロドロドロっぷり(文字通りパワフルにのたうちまわるユダがちょっと面白くなってくる事もあるのだが・・・ごめん)に激しく感情移入し、「ユダここで許されちゃ何かもうかえって死にたくなりそう・・・可哀想・・・」とか思うのであった。


残念だったのはヘロデ王が下村さんじゃなかったこと。ジャポネスクでは彼がなさってたので見たかった~(泣)。
やっぱり、ヘロデはそのジャラジャラ衣装から考えても歌ってる内容を考えても「毒の華」であってほしいので。
こう絡みつくようないやらしさとか。圧倒的な華やかさと毒とか。ヘビっぽい雰囲気とか。


しかし、劇団四季という劇団は「ここはサーカス団ですか?」みたいな「人体の可能性」を観客に感じさせる劇団あなあと改めて思った。
何であんな傾斜してる舞台を縦横無尽に駆け抜けられるんだみんな・・・エライ人群も。
ジーザスはラスト一体どうやって呼吸してるのか止めてるのかいつも気になるし。

祐さんがやってたというのも改めて気になるけど(笑)。もう今お腹出せないし!そもそも十字架に乗れるかちょっと疑問だし!

柳瀬大輔さん以外は知っている人も殆どいなくて、四季も代替わりしてるなあ~と思ったのだが(私がはじめて見た時は祐一郎ジーザス、沢木順ユダ、正親ヘロデといった今思うとすごいキャスト)、やっぱりみんな上手くてユダの人も美声だし(ユダに美声は必要ないんだけど)、こういう作品とは相性がいいなと思った。

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